沖縄のジュゴンとその生息環境に関する市民調査

北限のジュゴンを見守る会

沖縄のジュゴンは、世界の最北限に生息する地域個体群であるが、その数は50頭未満と推定され存続の危機にある。国の天然記念物であり、沖縄県のレッドデータブックでは絶滅の恐れが最も高い「絶滅危惧IA類」に指定されていながら、ジュゴンは環境省のレッドデータブックには記載されておらず、国はいまだ具体的な保護対策には動いていない。

当会のミッションは、沖縄のジュゴンを地域個体群としての絶滅の危機から救い、その生息環境と個体数を回復させることである。それと同時に、野生生物を含む生態系を守ることの重要性を人々に伝えることも当会の大きな役割と認識している。とくに、ジュゴンは岸に近い深さ数mの浅い海域に生えている海草を唯一の食糧としているため、人間活動の場に近い沿岸から離れられない宿命を背負っている。したがってジュゴンが生きていける環境を保持できるかどうかは、人間の行動にかかっていることを知ってもらわねばならない。

当会の活動の具体的な目標は、地元市民および研究者と連携した調査の実施により、しっかりとした科学的バックグラウンドを持って、適切な保護方策を見極め、それに基づいた具体的な保護方策を実践していくことである。将来的には国に保護区を設定させ、生態系のマネジメントを着実に実施するような体制にもっていきたい。

【ジュゴン保護に向けて】
 沖縄のジュゴンが直面している脅威は3つある。ひとつは、広大な海草藻場がひろがりジュゴンの重要な生息地の1つとなっている辺野古への普天間基地移設、2つ目は漁網による混獲、3つ目は海草藻場をはじめとした生息環境の悪化である。これらの問題を取り除いて保護策を講じ、生息地の管理を行っていくためには、いずれにしてもその基礎となる科学的な調査と解析、検討が必要とされる。一方、普天間基地移設問題については、ジュゴンおよびその生息地に関する基地の影響評価が正当になされない危惧がある。わが国の環境アセスメントは骨抜きであり、事業に対して環境を保全するツールとしては機能不全に陥っている。諫早干拓問題、石垣新空港問題などにおいても、科学者たちがアセスメントの結果に異議を唱え、事業の影響について正当な評価を提示し、警告しているにもかかわらず、強行されるのが今の日本の現実である。当会は、このような現実および日本にはジュゴンを専門とする研究者がほとんどいないことを鑑み、海外研究者および国際的なコミュニティとの連携の上で基地の影響評価およびジュゴンの保護方策に向けての調査を実施することとした。政府は環境アセスメントの調査期間を短縮して行うとしており、まっとうな評価がなされないことが懸念される。なしくずしに基地建設にいたることのないよう、海外のジュゴン研究者の「外圧」の協力を得ながら、科学的根拠に基づいてジュゴンと生息地の保護を訴えていく。

【調査の概要】
 喫緊の課題は、保護に向けてジュゴンの生態およびその重要な生息環境である海草藻場の現状と変動を明らかにすることである。これは、基地の移設も含めた人間活動の影響を評価する上で非常に重要であり、そのために必要なモニタリング調査を継続して実施していくことは地元住民との連携なくしては不可能である。また、このような活動を通しての住民とのコミュニケーションは、地域の生態系の重要性についての理解、ひいてはジュゴンにとっての大きな脅威である混獲の対策への理解につながるものと考える。
 そこで、地域に根ざした住民主体の調査活動、保護活動の基礎を築くために、以下の調査および活動を行う。

(1)住民によるジュゴン保護活動の先行事例についての文献調査

日本以外の各地のジュゴン個体群、ジュゴンの近縁であるマナティ個体群もまた、その存続が危ぶまれているところが多い。それらの生息地では研究者と連携した市民による生息地の調査活動や保護活動が熱心に行われているところが多数ある。これらの先行事例を調査し、そこから得られる知見を沖縄における調査・保護活動に活かす。

(2)地域住民を主体とした、ジュゴンとその生息環境のモニタリング調査

 沖縄のジュゴンは数が少なすぎるために、ジュゴンそのものの行動を調査することは困難である。しかし、彼らは海底を這うように前進しながら海底の砂地に生えている海草を根こそぎ食べるために、その食跡が筋のように残される。この跡は海草が再生してくるまでの間しばらく残ることから、これらを定期的、網羅的に調べれば、ジュゴンがどの海域を主たる餌場とし、どの程度利用しているか、季節的に餌場を変えているのか、年々の藻場の状況とジュゴンの利用状況はどう変化しているか、などを明らかにしていくことができる。この調査結果と環境省が平成1317年度に多額の費用をかけて実施した「ジュゴンと藻場の広域的調査」の結果を合わせて解析し、研究者の指導を得ながら何をどう保護し、改善していくべきかを検討するための基礎データとする予定である。

 調査は広域を定期的にカバーする必要があるため、「マンタ法」を採用することにした。この手法は環境省や防衛施設庁も食跡調査に採用しているもので、シュノーケルをつけた調査員がボートでゆっくりと曳航されながら眼下にある海草藻場の食跡を探すというものである。モニタリング開始に先立って、200611月に、ジュゴンと藻場の野外調査の多くの経験を持つ海外の研究者2名を招へいし、住民と当会メンバーが調査のトレーニングを受け、調査手法の詳細を決めるための予備調査とディスカッションを行った。この結果、いくつもの課題が浮き上がってきた。今後これらの課題と取り組みつつ、新たな調査メンバーを育てながら、本格的な調査を年に4回のペースで実施していく。なお、この調査結果は、米国において提訴中の沖縄のジュゴン「自然の権利」訴訟においても重要なデータとなることが期待されている。

(3)地域に根ざした持続的な調査への協力を得、有効な保護方策の受容を可能   にするための地域住民の啓発活動

このような持続的調査・保護活動は、沿岸で漁業を営む漁民や住民の理解と信頼を得、協力を得ていくことなしに実現はできない。ジュゴンを含む地域の自然生態系を守りながら地域の生活を守っていくにはどうすればよいのか、ともに話し合い、活動する機会を多く設けていく。

(4)調査およびジュゴン保護ロードマップをまとめたガイドブックの作成

 より多くの人に調査や保護活動に参加してもらい、この取組みの輪を広げ、成果をあげていくために、食跡調査マニュアルと沖縄のジュゴン個体群を保護・回復させていくためのビジョンをロードマップに描き、ガイドブックとしてとりまとめて配布、活用する。